September 27, 2026

Delivering Beyond 第1回:先生のいない教室

先生のいない教室

Delivering Beyond 第1回(全3回)・ケニア、カクマ

18年ぶりに戻る。果たすべき使命を携えて。

18年前、20代前半だった私は、タンザニアのアルーシャで6か月暮らした。キリマンジャロ山のふもとで、ボランティア教師として、そして記録映像の撮り手として働いていた。きっかけは、キリマンジャロの氷河が溶け、その結果として気候難民が生まれるという記事だった。私はその人々を数字として知りたくなかった。名前で知りたかった。だから記事で読むのではなく、現実をこの目で確かめに行った。そこで私は、自分が育った場所とはまったく違う世界を見て、多くの現地の友人に出会い、人生の方向を見つけた。それは、はっきり言葉にしたことはないけれど、今のEXP.の活動の種になっている。

18年後、息子の同級生の保護者を通じて、私はVincentに出会った。フランス人の紳士で、ヨーロッパ人がこの地域にしてきたことを思い、アフリカに何かを返す責任があると感じている人だ。彼が紹介してくれたのが、Bidii Yetuの創設者Martinだった。Bidii Yetuはケニア北部のカクマ難民キャンプを拠点とするNGOで、世界の関心からこぼれ落ちてしまった人々に、仕事と教育を提供している。

Martinとは2025年、ビデオ会議で初めて話した。彼の抱える課題のひとつが、教師が足りないことだと知った。ちょうど同じころ、香港で電子廃棄物のリサイクル料金が導入されて以来、低所得の家庭でさえ再生パソコンを受け取らなくなったと耳にした。そこでMartinに、電気とインターネットはあるかと尋ねた。あるという。こうして、EXP.LEARNINGのもとでC.U.P.(Computer Upcycle Project)が生まれた。

香港でよく知られるNGOのカリタス(明愛)が、研修とパソコン部品を提供してくれた。整備作業を担う生徒チームを出してくれたのは培正中学。率いたのはチャン先生で、私自身が培正の生徒だったころのデザイン&テクノロジーの先生だ。かつての恩師が新しい世代に修理の仕方を教える姿を見ると、とても誇らしく、同時に少し年を取った気分になる。誰かにゴミと判断された機械を分解し、再び命を吹き込む丸一日の作業を経て、生徒たちは19台のノートパソコンを完成させた。

経験上、アフリカの多くの地域に貴重品を送るのは難しい。ましてや、難民キャンプの中心に19台のノートパソコンを送るとなればなおさらだ。それに私には頑固な信条がある。自分で運べるなら、支援を仲介者に託さない。だから、直接届けることにした。

実現までに9か月以上、2度の延期を要した。2026年8月30日、ついに香港国際空港を出発し、エチオピア経由でアルーシャへ。19台すべてが無事に到着した。

空港の駐機場に止まる飛行機
香港からエチオピア、タンザニアを経てケニアへ
滑走路の小型プロペラ機
写真:Jun

そこから私たち3人でカクマへ運んだ。香港から同行したのは、ジャーナリスト・イン・レジデンスのJanis Chan。タンザニアから加わったのは、18年前にアルーシャで私たちボランティアグループの運転手を務めてくれたGody。Vincentは今回同行できなかったが、今年に入ってすでに自らカクマを訪れている。香港からキャンプまで、飛行機4便と長い車移動3回。9月2日、私たちはカクマに到着した。

カクマの道を走る、大勢を乗せたバイク
カクマの道端を歩く黄色い服の人
カクマでバイクに二人乗りする人たち
写真:Janis Chan

アルーシャに着いたのは19台。今カクマで動いているのは16台。3台は使えなかった。画面の割れ、バッテリーの故障、充電モジュールの不良。はっきり書いておくのは、この話がきれいごとではなく、そう見せかけたくもないからだ。パソコンだけではない。あると分かっていた電気とインターネットも、新しく並んだ機器を支えるには到底足りなかった。もっと電力が、もっとデータが必要だった。

そこで、それを知ったその晩、Janis、Gody、私の3人で、予算の一部を振り向けて、より良い太陽光発電システムの構築と、通信を強化するためのStarlink設置を支援できないか話し合った。翌日、現地の見積もりが、私が事前にClaudeから得ていたコスト試算と9割一致した。十分に信頼できる数字だと判断し、計画を実行に移した。

長いテーブルに一列に並んだ再生ノートパソコン
ノートパソコンの横に置かれたバナナの皿
写真:Jun

Bidii Yetuのユースグループの若者たちは、すでに高校を離れている。さまざまな理由で、多くは大学に進まない。ここには先生がいない。少ないのではない、一人もいないのだ。最初のアイデアはシンプルだった。コンピュータールームを用意して、自分たちで学んでもらう。

けれど、パソコンが並んだ部屋は、簡単に時間をつぶすだけの場所になってしまう。そこで一歩進めた提案をした。若者たち自身が、地域のためのインターネットカフェとして運営するのだ。カフェは太陽光発電で動き、Starlinkでつながる。近所の人々にサービスを提供し、収入を得て、自分たちの事業を営む感覚を身につける。起業について、最初のお客さんほど多くを教えてくれる先生はいない。

パソコンは道具にすぎない。本当の目的はカフェだ。稼ぐこと、役に立つこと、そして与えられるのではなく自分で築くことから生まれる希望。

室内では、長い白いテーブルにノートパソコンが一列に並び、それぞれに緑のプラスチック椅子が添えられている。誰かがその横にバナナを一皿置いてくれた。新しい挑戦に招かれた生徒たちは、温かく迎え入れられたと感じていた。

緑の椅子に座り、長いテーブルでノートパソコンを使う若者たち
ノートパソコンの周りに集まる人々
ノートパソコンに向かう若者たちのモノクロ写真
写真:Jun

Bidii Yetuは「私たちの努力」という意味だ。「私たちの贈り物」でも「私たちの慈善」でもないところが好きだ。パソコンの電源が入るころには、「私たち」には多くの人が含まれていた。つないでくれたVincent。香港の培正中学の生徒たちと、その先生(私の先生でもある)。このプロジェクトの第1部をまとめてくれたLeslie。パソコン部品と指導を提供してくれたカリタス。アルーシャの旧友Gody。写真家のJanis。そしてMartinとBidii Yetuのチーム。何より、カクマの若者たち。彼らの努力は、ここから始まる。

カクマの緑の建物の前に立つ、緑の制服の子どもたち
写真:Janis Chan
カクマの木陰でしゃがみ、小さな子どもたちと話す様子
写真:Janis Chan

C.U.P.はここで幕を閉じ、カフェがここから始まる。うまくいくことを願っている。もっとも、どのスタートアップでもそうであるように、方向転換は起こる。より良い方向へ向かうなら、それでいい。現地のチームが良いことをしようとしていると、私は信じている。

緑の建物の前での集合写真
写真:Jun

次回、第2回:「男性のいない建設現場」ダルエスサラームより。

More articles you might be interested in

Back to EXP. press

EXP.の世界を探索してみましょう

Your subscription could not be saved. Please try again.
Welcome & Thank you: for taking the first step.

To a beautiful world of places, stories and history.

You may unsubscribe at any time using the link in our newsletter.